ちぐはぐさが目立つ山村正夫編集版
「夜光怪人」（横溝正史）
（「夜光怪人」）角川文庫
｢人魚の涙｣事件、
そして今また古宮荘での事件と、
立て続けに夜光怪人の犯行を
防げなかった三津木俊助が
思い出すのは、名探偵･
金田一耕助のことだった。
金田一と俊介は、
これまでいくつもの難事件を
解決してきた間柄だったが…。
えっ？
金田一と三津木俊助が共闘していた？
三津木が信頼を寄せていたのは
由利先生ではなかったの？
そうです。
金田一と三津木俊介はコンビを
組んだことなどなかったのですが、
本書にはそのように記述されています。
それもそのはず、
本作品は前回紹介したように、
由利･三津木コンビの
ジュヴナイルものとしての
探偵譚であり、金田一は
登場していない作品だったのです。
ところが本書角川文庫旧版に
収録されている本作品は、
1975年に朝日ソノラマ文庫に
収録する際、
山村正夫が横溝正史了解のもとに、
由利麟太郎を金田一耕助に差し替えて
編集し直した版なのです。
したがって、ところどころに
ちぐはぐな部分が
生じてしまっています。
【主要登場人物】
小田切準造
…｢人魚の涙｣を所有する富豪。
黒木一平
…私立探偵。小田切から
｢人魚の涙｣保護を依頼される。
古宮春彦
…お城御殿の主人の富豪。
古宮珠子
…春彦の娘。｢ダイヤの首飾り｣所有。
一柳博士
…海賊の宝物の研究を行う。
一柳藤子
…一柳博士の娘。
古宮家を頼り珠子の付き人となる。
夜光怪人から狙われる。
一柳龍夫
…藤子の弟。
大江蘭堂に誘拐されている。
大江蘭堂
…一柳博士の発見した宝物を狙う悪人。
首領
…海賊団オリオン組ボス。
鬼頭儀兵衛
…獄門島網元。
清水巡査
…獄門島の駐在。
御子柴進
…探偵小僧。
夜光怪人に追われる藤子を救出。
三津木俊助…新日報社記者。
金田一耕助…私立探偵。
本作品のちぐはぐさ①
金田一の台詞の口調が
ところどころ由利先生
学者肌で紳士的な由利麟太郎と、
風采の上がらない金田一耕助とでは、
おのずと口調が異なります。
ところが、金田一の台詞のそこここに
由利麟太郎口調が
変換されずに残っているのです。
「フム、そのことだがね。
実は…ああ、ちょうどいいところへ
やってきた。紹介しよう。」
「フム、しかし、
それにしても三津木くん、
うしろからグサッと
やられたのですね。」
これらの台詞は
原典版から変換されずに
残ってしまったものです。
金田一らしからぬ｢上から目線｣です。
本作品のちぐはぐさ②
金田一らしからぬミスの連続
せっかく満を持して登場した
金田一なのですが、
推理が外れたり、
自分の推理に自信が持てなかったり、
夜光怪人にまんまと出し抜かれたり、
藤子の行動を予見できなかったり、
不手際が目立ちます。
これも実は由利麟太郎の特徴であり、
金田一にはあり得ないミスなのです。
本作品のちぐはぐさ③
獄門島事件との不整合
そして一番
ちぐはぐになってしまったのは
獄門島への立ち寄りです。
時系列を考えれば
｢獄門島｣事件の一年後なのですが、
あれだけトラブルを起こした
清水巡査とは
まったく初対面としか思えない
やりとりです。
あまりにもひどすぎる不整合です。
やむを得ません。
70年代に起こった横溝ブームの本質は
金田一人気だったのですから。
人気が下火になってしまっていた
由利麟太郎に取って代わって
金田一耕助を登場させたのは、
当時の青少年に向けて、
横溝作品を親しんでもらおうという
意図であることは明白です。
先日、約半世紀ぶりに
原典版が柏書房から復刊されました。
現代の私たちは、その
由利･三津木コンビによる原典版と、
金田一差し替えによる
山村正夫編集版の両方を楽しめるのは
幸いだと考えるべきでしょう。
（2021.9.12）
〔追記〕
角川文庫版｢夜光怪人｣が、
ついに復刊となりました。
旧版も所有しているのですが、
復刻版も購入してしまいました。
表紙は変更がないのですが、
色艶が格段によくなりました。
アイキャッチ画像も変更しました。
（2022.11.20）
【今日のさらにお薦め3作品】
【関連記事:横溝大人向け作品】
【横溝ジュヴナイル】
【読書のおともに:Chocolate】
